悠言録

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[2006年11月07日]

 行間を読む―とよく言われる。文章の書かれていない部分を、前後の文脈などで感じ取る作業だが、そこが最も重要ということが多い▼以心伝心を好み、沈黙の中で会話する武士道的な技は、日本人の得意分野でもある。ただ、腹芸がすぎると、馴れ合いの政治になったり、談合などを生む精神的土壌ともなる。そんな風土の原点の一つは、四季であろう▼大和路は秋たけなわ。夏や冬のように寒い、暑いといった明確な色合いはなく、秋は濃淡を綾なし移ろいゆく季節である。春も同じだが、やはり冬に向かうマイナーな抒情は、日本風感傷に似合うようだ。秋という文字と響きから、日本人は一種の共同幻想を抱く▼例えば「秋は寂しい」。そうした一面の共通概念は、俳句の季語ともなって連綿と伝承される。短歌の歌枕に似て、先人の訪ねた土地をしのび、心象を追体験するという営みでもある▼そんな秋を背景に、正倉院展でにぎわう奈良公園。緑に満ちた自然美は心なごむが、真の魅力は人間の息吹かもしれない。古代から生き続ける土地に立ち、千年も2千年も前の人が、喜怒哀楽を込めて眺めたであろう雪月花。いにしえ人は何を思ったか▼時間と空間を心眼でたどると、何かが見える。無数の大和人の息づかいも聞こえてくるようだ。「秋の雲大仏の上に結び解け」(高浜虚子)。歴史の行間を読む醍醐味かと思う。(宏)

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