悠言録

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[2006年12月17日]

 先ごろ延命治療を拒み、自らカテーテルポートの針をはずして自死を果たした作家・吉村昭の遺作集「死顔」を読んだ。中に「山茶花(さざんか)」という好短編もある▼師走には山茶花が似合う。「冬の日の寒さに咲ける哀れさと師の申されし、さざんかの花」。網野菊の随筆「冬の花」の書き出しで、師とは志賀直哉である。高畑の志賀邸からの散策か、大仏殿裏の道端で目にした薄紅の花▼寒さにふるえる山茶花を眺め、ひとりごとのように「哀れだな」とつぶやく小説の神様。四季の中でも特に冬は、心やさしくなれる。緑葉の落ちた木々や雪のイメージから〈白〉または〈無〉に心が漂白されるのだろうか▼緑の春、赤い夏、黄色い秋を経て、白い冬へ。やがて寒が深まるほどに白色が増す。そんな厳しい冬に咲く花には、山茶花に限らず健気(けなげ)さがつきまとう。さらに、寒椿、寒梅などと〈寒〉がつけば、花の表情もりりしく引き締まる▼直哉が哀れと感じた山茶花も、寒さにめげず精いっぱい生きようという小さな命の輝きである。折しも、先ごろ発表された「今年の漢字」のトップは〈命〉。3位は〈生〉だった▼ささやかであろうと、生きる喜びを感じる瞬間が、いかに貴いか。吉村昭の自死行為も、いじめによる自殺も、自己の尊厳が守られたか否か。生ある者は命を大切にしたい。山茶花の花言葉は「謙譲」とか。(宏)

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