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いじめは「犯罪」 信頼関係こそすべて

2012年10月19日

主筆 藤山純一

 昨年度、いじめで自殺した小中高生が全国で200人に及んだ。ほんとうに残念でならない。どんな気持ちで、どんな思いで自ら若き命を絶ったのだろうか。想像するだけであまりにも悲惨だ。
 また、その親の気持ちは言葉に言い尽くせない。きっと自分の命に替えてでも子どもを救いたかったに違いない。一生懸命、子育てして成人する前に命を絶つ。それも自らの手で。こんなやるせないことがあっていいのだろうか。
 殴る、蹴る、金品をたかる、盗む、脅す…。これを犯罪と言わずして何と言うのだろうか。学校であれば、児童、生徒同士であれば「いじめ」というのだろうか。はっきり言っておきたい。これらはどの場所で起きようとも、当事者が誰であろうと「いじめ」ではなく「犯罪」である。
 未成年だから、学校という教育現場だから、「犯罪」が許されるわけではない。むしろ未成年だからこそ、子どもだからこそ、厳しく指摘し将来にわたって二度と罪を犯させないようにするのが先生であり、親ではないのか。
 そしてどうすればいじめ、すなわち子どもの「犯罪」をなくすことができるか、家庭の親も学校現場の先生も、行政、地域社会も、「子どもたちのために」という思いを共有し、それぞれの立場を超えて、解決策を見いだしていく以外にないのではないか。もうこれ以上、将来ある子どもたちに「地獄の思い」を決して味わわせてはいけないからだ。
 そのキーワードは「信頼」だ。大津市の中学生自殺事件に関連して、いじめをした男子生徒から担任の女性教諭が指の骨を折るなど全身に暴行を受け重傷を負っていたが警察に届け出ておらず、この事件を機にようやく届け出たと新聞報道されていた。そして、その届け出なかった理由が「子どもたちとの信頼関係が壊れるのを恐れたから」と学校関係者が答えていた。
 この記事を読んで愕然(がくぜん)としてしまった。なんと悠長な学校なんだと。先生と生徒に信頼関係があったなら生徒が先生を殴る蹴るの暴行をし、重傷を負わすはずがない。また、このような事態を放置している先生に対して、他の子どもとの信頼関係があるとは思えない。もうすでに信頼関係は壊れているのである。誰が見ても分かるような現状認識をあえて踏み外してでも、こう語る先生の背景に何があるのか。しっかりと検証しなければならない。
 ともあれ、親と子、先生と生徒、先生と親、それぞれの信頼関係があってこそ教育は成り立つ。親は子を温かく見守り育て、あるときは厳しくしつける。先生は生徒と真正面から向き合い教え、これから歩んでいくであろう人生に対して勇気と希望をともに育んでいく。先生と親は時折情報交換しながら、それぞれ学校と家庭で子どもに何をすればいいのか、自らの役割を厳しく認識し実践する。
 どちらにしても「人のせい」にしてはならぬ。それでは自らの不甲斐なさを家庭や学校、社会のせいにする一部の若者と同じだ。

  • 教職40年 浅田芳正氏の教育奮闘記「教育は教えないこと!〜考える力を育てる〜」 好評のうちに連載終了 平成28年3月18日刊行
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