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戦後71年 新時代の扉を開こう

2016年08月12日

主筆 藤山純一

 昭和63年9月20日深夜、突然、ポケベルが鳴った。まだ携帯電話が広く普及していない頃である。確か奈良市内の洋画家宅にお邪魔しキャンパスに向かうプロの画家としての姿勢をお聞きしている最中だった。
 社電を入れると、「とにかくテレビを見よ」との指示。どのチャンネルも昭和天皇が皇居吹上御所2階寝室のベッドで吐血されたとの一報を深刻に伝えていた。
 すぐに社に戻ったが、まさに翌日未明から110日間、翌64年1月7日午前6時33分、昭和天皇が崩御されるまで連日連夜、編集デスクとして気の抜けない日々が続いたことを今も鮮明に覚えている。体温や血圧などのご容態を逐一、報道し、ご病状に一喜一憂する一方、来たるべき時のために準備をする。刻々と変化する状況に対応するため、取材体制は崩せない。
 昭和天皇の病気平癒を願って記帳する人が相次いだが、年の暮れにクリスマスで華やぐ街角も、新しい年を迎え、お祝いする正月も、このほかあらゆるイベントや行事なども中止され、ご容態の悪化からお亡くなりになった後にかけて、全国的に「自粛ムード」が広がった。
 あれから28年を経て、宮内庁は今月8日、天皇陛下が「象徴としてのお務め」についてのお気持ちを示されたビデオメッセージを公表した。
 「私も八十を超え、体力の面などからさまざまな制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました」と現在の心境を吐露され、「私が個人として、これまでに考えてきたことを話したいと思います」と語りかけられた。
 そして、これまで2度にわたる外科手術を受けられたこと、次第に進む身体の衰えを考慮する時、「これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と話され、「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにもさまざまな影響が及ぶことが懸念されます」と強調。
 「これらも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解が得られることを、切に願っています」と結ばれた。
 戦後71年を迎えた。71歳といえば、ほぼ1世代。世代が変わっても戦争の悲惨さ、戦争の生々しい記憶はしっかりと伝えていかねばならないことは言うまでもない。戦争放棄をうたった日本国憲法は、何百万もの人の命と引き換えに手にした、もう二度と戦争は起こさないという「決意と宣言の書」だ。
 これらを十二分に踏まえ、戦後世代は新しい時代の扉を開く時が来ているのではないか。こだわるところはこだわりながら、私たちは天皇制や憲法論議を展開し、次世代に引き継いでいく責任がある。

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