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平成の終わりに しっかりとバトン継ごう

2018年01月12日

論説委員 黒田高弘

 平成の時代があと1年余りで終わろうとしている。昭和から平成へ、そして次の元号に時代はバトンタッチされる。昭和生まれの私たちから平成生まれの若者に。さらには新しい元号で生まれた人たちにしっかりとバトンを手渡すことができるのだろうか。正月に帰省した息子や娘、その配偶者や孫たちを見て、つくづくそう思う。
 平成の約30年間、自然が牙をむいた時代ではなかったか。言うまでもなく7年1月17日の阪神・淡路大震災、そして忘れもしない23年3月11日の東日本大震災を頂点に全国各地で地震が多発した。
 北海道南西沖地震(5年)、鹿児島県北西部地震(9年)、鳥取県西部地震(12年)、瀬戸内海の芸予地震(13年)、紀伊半島南東沖地震(16年)、新潟県中越地震(同年)、福岡県西方沖地震(17年)、伊豆半島東方沖地震(18年)、能登半島地震(19年)、沖縄本島近海地震(22年)、長野県北部地震(23年)、千葉県東方沖地震(24年)、熊本地震(28年)などなど。数え上げればきりがないくらいの地震ラッシュだった。
 「観測史上初」や「統計史上初」、「50年に一度」、「100年に一度」などの言葉が飛び交ったのも平成の時代だった。
 特にその中でも東日本大震災での原発事故は自然災害ではなく極めて重大な人災だ。高度成長期時代に浸透した「原発神話」が一挙に崩壊した瞬間だった。「安くて安全」だった原発が「高くて危険」なものに置き換わってしまった。しかしいまだにこの神話を信じる人がいることに驚かざるを得ない。
 アナログからデジタルの時代に、一気に駆け上ったのも平成だった。新聞社の記事出稿も紙の原稿用紙からワープロ、パソコンと変遷し、「新聞記者」が「新聞打者」、いやそのうち音声が活字になるシステムを使って新聞制作が進むようになれば「新聞話者」と呼ばれるようになるのではと、つい考えてしまう。
 今振り返ってみれば、インターネットの普及で確かに便利になったが、大切な多くのものを置き去りにしてきたのではないだろうか。先日、友人が病院に行った折、医師が患者の方を観ないでパソコンを見て診断している姿に愕然(がくぜん)としたという。もちろんセカンドオピニオンで他の病院で診てもらったという。
 SNSを使った犯罪も多発している。対面でないだけに警戒心が持ちにくいラインやツイッタ―、フェイスブックなどを巧妙に使い、相手を誘い出して自らの欲望を満たすという極めて悪質な犯罪が相次いでいる。人と人とのつながりのあり方を再検証しない限りこの種の犯罪は今後も増え続けるだろう。
 平成の時代の終わりとともに2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、県内も活気づいてきた。全国宿泊者数ワースト2の汚名を返上すべく、ぞくぞくとホテルの建設も始まっている。この活気をいかに県中南部に広げていけるかが大きな課題だ。
 生き生きとしたふるさと奈良を次世代に引き継いでいくのも私たちの役割である。

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